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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)86号 決定

申立人 星侑

相手方 )国税庁長官

訴訟代理人 高橋正 外四名

主文

申立人(原告)の本件申立てを却下する。

第一、申立ての趣旨

申立人(原告、以下単に原告という)は、

「相手方(被告、以下単に被告という)は、昭和三八年五月八日付、国税庁監察官三国一郎作成にかかる訴外大成興業株式会社支配人高草正の申述書(以下単に本件申述書という)を提出せよ。」

との文書提出命令を求めた。

第二、文書提出義務の原因

一、被告は、本件口頭弁論においてその立証の為提出した乙第七号証(就中第七乃至第一五項)において本件申述書を引用している。これは民事訴訟法三一二条第一号に該当するものである。

二、原告は、本件申述書の全部の提出を求める。その理由は次のとおりである。

(1)  乙第七号証中第七項に於ける「あなたが諸種返答をなされておりますが御記憶がありますか」との記載からして訴外大蔵事務官鈴木章夫は右申述書全体を引用した上、これを前提として乙第七号証中、第八項以下の質問をなしていること。

(2)  高草正に対する右申述書の提示(乙第七号証第八項)も別に区分せず全部を提示した上、質問をなしていること。

(3)  乙第七号証中第八項に於て、右鈴木章夫は申述書中第一〇項に関し疑義を持ち、この点につき質問をなしているがしかし右第一〇項のみを他から分離して取り出したとしても、右第一〇項の応答がどの様な状況下でどの様な話の経過からなされたかは、その前後の質問と、これに対する答とを前提としない限りその趣旨は明確とならないこと。

(4)  乙第七号証中第一五項に於て、右鈴木章夫は申述書中第七項に関し質問をしている点からし、申述書全体を引用した上、個々の不明確な点を明確にすべく努力していること。

以上、いずれの点からしても、当然乙第七号証に於て被告が引用している部分は高草正の申述書(昭和三八年五月八日付)の全体であると解する結果、原告は右申述書全部の提出を求めるものである。

第三、被告の意見

原告は、被告の提出した乙第七号証(質問てん末書)のなかに質問者が、質問に際して国税庁監察官作成にかかる「申述書」を被告質問者に示した旨の記載があるところから、これをもつて民訴法三一二条一号に該当するとして文書提出命令の申立をしている。ところで、民事訴訟法三一二条一号の「訴訟において引用したる文書」とは「既ニ当該訴訟ノ準備手続口頭弁論又ハ訴状答弁書其ノ他ノ準備書面ニ於テ証拠トシテ提出スヘキ旨陳述シタル文書、一旦証拠若ハ参考書類トシテ提出シタルモ後ニ撤回シタル文書又ハ存在ヲ主張シ又ハ事実主張ノ中ニ引用シタル文書等(註、例ヘハ訴状等ニ「云々ノ事実ハ云々ノ証書ヲ以テ立証ス」ト記載シ又ハ被告カ準備書面中に「原告ノ請求スル貸金カ既ニ返済済ナルコトハ貸金証書カ返還セラレ既ニ被告ノ手ニ存スルコトニ因リテモ明カナリ」ト記載シタル場合ノ如シ)をいうものとされている(中島弘道日本民事訴訟法一四六三頁)。すなわち、訴訟において引用したる文書とは、当事者が主張において引用したものをいうのであつて、当事者が提出した書証のなかに、該文書が存在する如き記載があつたとしても、これをもつて、当事者がその文書を訴訟において引用したということにはならないのである。而して、被告が本件文書提出の申立にかかる文書を従来の主張において引用していないことは、従来の弁論に照らして明らかなところである。

また、東京高裁昭和四〇年五月二〇日決定(訟務月報一一巻七号一〇〇九頁)は、「訴訟において引用したる文書」といえるためには、当事者が当該訴訟中で積極的に該文書の存在に言及し、該文書の秘密保持の利益を抛棄したと認められるようなものでなければならないとしているのであるが、被告が本件訴訟において、本件文書提出の申立にかかる文書の存在について積極的に言及し、かつその秘密保持の利益を棄戻棄したものでないことは、従来の訴訟の経過からして明らかなところである。

以上により本件文書提出の申立は却下さるべきである。

第四、当裁判所の判断

一、本件記録によれば、第四回口頭弁論期日に被告が立証の為に提出した乙第七号証の文書(その第八項および第一五項)において被告の所持する本件申述書内容および存在が引用されていること、被告が右申述書の内容および存在をこれまでの主張のなかで引用していないことは、いずれも明らかである。

二、そこで、問題は民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟において引用したる文書」のなかには、当事者が立証のために提出した書証中にその内容および存在を引用された文書が含まれるかどうかにあるのであるが、同号にいう「訴訟において引用したる文書」というのは、当事者が準備手続や口頭弁論等において自己の主張の助けとするためその内容と存在を明らかにした文書を指すのであつて、当事者が証拠として提出した文書の中に更に他の文書の内容と存在が引用されている場合にあつては、当事者が引用にかかる当該文書を更に証拠として提出することを予告したとか、又は自己の主張の助けとするために当該文書の存在を引用したものと解することはできない。

原告は、これに対し当該書証において引用された文書を提出しなければ証拠として提出された文書は、全体として意味内容が不明となると主張するが、それは当該書証の実質的証拠力に関することであつて、書証の意味内容が把握困難であるからといつて、そのような書証を提出した当事者に対し更に書証中に引用されている文書の提出義務を負わせうるものではない。

三、以上の理由により、本件申述書は被告が立証のため提出した乙第七号証のなかにその存在が引用されていたにすぎないものであるから、民事訴訟法三一二条一号にいわゆる「訴訟において引用したる文書」には当たらず、従つて、被告はこれについて文書提出の義務を負わないと解すべきである。

よつて本件文書提出命令の申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 小曾木競 山下薫)

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